2010年6月24日木曜日

人種のるつぼか?サラダボウルか?

人種のるつぼ(melting pot)という表現は、異質なものが均一に混ざり合っているようだが、そんなことはない。だからそれぞれ異質であることを保ちながらも同じ器に収まっているという意味でサラダボウル(salad bowl)という表現が使われるようになった。


こんなことを聞いていたが、ニューヨークの街では、ところどころで人種という壁を感じる。なるほど、確かにこれ程多くの人種を一度に見かける街は他にはあまりない。ただ、単なる第一印象に過ぎないが、どうも人種・民族間の距離は遠いようだ。


ニューヨークではそもそも人種・民族などが一定区域に集まって住むことが多く、例えば今僕がいるイーストハーレムの辺りはプエルトリコ系が多いと言われており、以前いたブルックリンのある区域ではメキシコ系と中国系が多かった。こういった住み分けは、外から見ると壁があるように見えるけど、ある地域内に住んでいると同じ人種・民族の人と接していれば事足りるので、むしろ他の人種・民族との違いを意識することはあまり多くないのかもしれない。


一方で、日常的な市民の足となっている地下鉄は多くの地域に住む人が一堂に会する場で、必然的に人種・民族構成が多様になる。僕が最初に人種・民族間の距離が遠いと感じたのは、地域的な住み分けよりも毎日乗っている地下鉄の中でだ。


地下鉄に乗っていると、突然乗ってきた人が歌を歌い始めたり、楽器を演奏し始めたりすることがよくあるが、何度か見ていると、演奏が始まってからチップを求めるまで、どうも同じ人種・民族の人たちしか関心を示しておらず、またチップにも応じていないようなのだ。4人組の黒人がゴスペル風の音楽を歌っていた時は黒人しか、ヒスパニック系の3人組がギターとアコルディオンを伴奏に歌った時もヒスパニック系の人しかチップを払っていなかった。


地下鉄の出来事は単なる偶然だったのかもしれないが、別の話では、2年間こちらにいたという日本人から、ロンドンでは白人と黒人のカップルを見かけたが、ニューヨークでは見かけなかったと聞いた。僕は短い滞在の中で一度見かけたが、それきりである。


表面的な第一印象だけれども、日本では絶対に感じられない感覚で、興味深くも理解が難しいなぁと感じる。

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